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名古屋地方裁判所 昭和32年(ワ)824号 判決 1961年10月29日

原告 内田あぐり

被告 碧南市

主文

被告は原告に対し、金六万七千六百二十五円及びこれに対する昭和三十二年三月三十日から右金員の支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金二万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、被告市議会議員であつたが、昭和二十八年五月二十七日、被告市緊急臨時市議会において、同市議会は、これよりさきに行われた同年三月十六日の同市議会本会議における原告の行為が、地方自治法第百三十二条に違反するとの理由で、同法第百三十四条、第百三十五条により原告を除名する懲罰議決をした。

二、然しながら、右除名の議決は次の理由で無効である。

(一)  原告は、昭和二十八年三月十六日の被告市議会において、右除名決議の理由となるような行為をなしたことはない。

(二)  仮りに原告に除名決議の理由となるような行為があつたとしても、右行為は、昭和二十八年三月十六日の被告市議会における行為があつて、同日の会期は閉会し、右除名決議は後会である昭和二十八年五月二十七日の緊急臨時市議会において議決されたものであり、同議決は地方自治法第百十九条の会期不継続の原則に違反する。

三、従つて原告は、右議決後も依然として、被告市議会議員であり、被告市に対し、昭和二十八年六月以降、原告の右市会議員たる任期の満了する以前である同年十二月までの被告市議会議員としての一ケ月金六千五百円の割合による報償金及び一ケ月金二千円の割合による調査委託料並びに昭和二十八年度上、下半期の期末手当合計八千百二十五円以上合計六万七千六百二十五円の支払請求権を有するが、被告市はこれを支払わないから、右合計金額及び本訴状送達の翌日である昭和三十二年三月三十日から右金員の支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張の請求の原因中第一項の事実は認めるが、その他の事実は全部否認すると述べ、立証として原告訴訟代理人は甲第一乃至第十一号証を提出し、原告本人尋問を求め、被告訴訟代理人は甲第一乃至第五号証は不知、甲第一乃至第十一号証は成立を認めると述べた。

理由

一、原告が、被告市議会議員であり、昭和二十八年五月二十七日の被告市緊急臨時市議会において、同市議会がこれよりさきに行われた同年三月十六日の同議会本会議における原告の行為が、地方自治法第百三十二条に違反するとの理由で、同法第百三十四条、第百三十五条により原告を除名する懲罰議決をしたことは当事者間に争がない。

二、そこで右除名決議の効力について判断する。

(一)先づ原告が除名になつた経緯及びその理由について検討すると、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一、三、四号証及び成立に争のない甲第八乃至第十号証の各記載を総合すると、原告は、昭和二十八年三月十六日の被告市議会本会議において、(1)昭和二十八年度の被告市予算案が、市長作成の議案ではなく、総務委員会において強制により作成されたものである旨。(2)被告市議会議員が、受けるものは他市並に受けておりながら、尽すべき任務を尽さない。(3)印刷業者である被告市議会議員が規則で禁じられているにも拘らず、被告市と請負契約を結び、不当に高い印刷代をとつており、監査委員はそれを十分に監査していない。という発言をなしたとされ、原告において、同年五月十五日の被告市臨時市議会において、前記(3)の発言は自分の認識の誤りに基くものであつたという趣旨の釈明をなしたにも拘らず、被告市長は、森議員などの原告に対する懲罰要求に基き同年五月二十七日緊急臨時市議会を招集し、原告に対する懲罰議案を懲罰委員会に付託したところ、同委員会は、原告の前記発言は、議員の名誉を毀損するものとして、原告を陳謝の懲罰に付することを決定し、本会議はこれを可決した。

これに対し原告は右議決に基き議場において朗読することを求められた被告市議会作成の陳謝文に記載されてある、前記(1)のとおりの発言については依然被告市予算案は総務委員の強制によるものと確信していたため、また、前記(2)の発言については、自分は「尽すべき責務を尽させない」と発言したと信じているとの理由により右陳謝文を朗読して陳謝することを拒んだため、懲罰委員会は、原告の右態度は市議会の決定を軽視し、これを侮辱するものであるとして、再度審議の結果、原告を除名することを決定し、本会議はこれを可決したことが認められ、他に叙上認定を左右するに足る証拠は存しない。

(二)  右経緯及び理由に基く原告の除名の議決の当否について考えると、前記書証及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、昭和二十八年三月十六日の被告市議会本会議において前記(1)の趣旨の発言をなした事実は認められるが、前記(2)の発言については、原告は「議員としての責務を尽さない」とではなく、「市から受けるものは他市並に受け尽すべき任務若しくは責務を尽させない」と発言したことが認められ、原告前記(3)の発言については、原告は右本会議においては印刷代が少し高いように思われること、市議会議員は市の請負事業をしてはならないこと、及び監査委員の厳重な監査を要求するとの趣旨の発言をなしたことが認められ、他に叙上認定を左右するに足る証拠はない。なお、原告において、その後議会外において、原告個人が発行する「市議会情報」と題する昭和二十八年四月二十五日附新聞に右印刷代について具体的な数字をあげ、その余りに高いことを指摘し、監査委員の自重、反省を求める趣旨の記事を掲載したことが認められる。そこで前記認定したとおりの内容の、原告の発言が果して陳謝文朗読拒絶の事実と相俟つてその除名の理由となり得るかどうか考えると、前記認定の(1)乃至(3)の発言は、その内容においては、市議会議員として当然なし得べき言論の域を出でず、その表現においても、それ程不穏当とも認められず、従つて所謂、言論の品位という点において強く責められるべきものとは思われず、また、前記(3)の発言に関連してなされた「市議会情報」えの記事掲載は、議会外の行為であるから、地方自治法第百三十四条、第百三十五条による懲罰の対象とならぬこと、議場における規律及び品位維持を目的とする同法第百三十二条に照して明らかであり、これらの観点に立てば原告の前記発言による責任は全く存しないものと認められるから当初議決した陳謝の懲罰にあたる事由も存しなかつたものと認められるうえ、更に、前記認定の事情で、原告が被告市議会が一旦議決した陳謝をなすことを拒んだことが、原告の責任を重くしたかどうかについて考えてみると、被告市議会が作成し、原告に朗読を求めた陳謝文には、前記甲第八号証によれば、(2)の発言内容に関し、原告は「任務を尽させない」と発言したのに拘らず、「任務を尽さない」と発言した旨記載してあつたことが認められるから、これの朗読を原告が拒むことは理由なしと言えず、また、たとえ陳謝文の文言に拘泥して議会の決定による陳謝を全くなさなかつた点において多少責められるべき点があるとしてもその責任は前記発言の趣旨をも合せ考えても原告の前叙市議会の会議における言動がことさらに無礼の言葉を使用し、又は議会の議事運営に全く関係のない他人の私生活にわたる言論をなしたことにあたるものとは認められない。これを要するに昭和二十八年五月二十七日、被告市議会が原告に対しなした除名の懲罰議決は地方自治法第百三十二条に定める懲罰事由がないのにこれあるものとしてなされた処分と認められる。従つて、本件除名決議は違法であり、かつその瑕疵の重大性、明白性に鑑み、右処分を無効ならしめるものと解するを相当とする。してみると、原告主張の爾余の無効事由について判断するまでもなく本件除名決議はその効力を生じないものと言わざるを得ない。

三、叙上説示のとおり、昭和二十八年五月二十七日、被告市緊急臨時市議会が原告を除名した懲罰議決は無効であるから、原告は右議決にも拘らず依然として被告市議会議員たる資格をその任期の満了する迄保有していたものと言わなければならず、従つてまた、右地位に伴う報酬請求権その他の権利をも喪失していないものと解するを相当とする。しかして原告本人尋問の結果によると、原告は、被告市議会議員として、当然被告市から、一ケ月金六千五百円の報酬及び金二千円の調査委託料の支払を受け得べき地位にあるものであるが、被告市は昭和二十八年六月以降原告の右市会議員たる任期の満了する以前である同年十二月までの間右報酬及び調査委託料の支払をなさず、また原告は被告市から昭和二十八年度上、下半期の期末手当合計金八千百二十五円の支払を受け得べき地位にあるにも拘らず、これらの支払を受けていない事実が認められ、他に叙上認定を左右するに足る証拠は存しない。

四、そうすると、被告市は原告に対し、右合計金六万七千六百二十五円及び本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三十二年三月三十日以降右金員の支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があることになるわけである。なお、地方公共団体の議会の議員の除名処分の取消を求める訴が議員たる身分の回復を図ることを目的とするものであるから既に議員の任期が満了した場合には訴訟の利益がなくなつたものとして許すべきではないものと解し、従つて、右の場合においては除名処分後本来の任期満了迄の間における議員たる資格に伴う報酬請求権等を回復する手段がなく、本来違法の除名処分さえなければ議員として有する筈であつた権利につき裁判所に救済を求める途がないと解すべきものとしても、本件においては、原告は除名処分の無効なることを主張し、これを前提とする報酬金等の請求訴訟を提起しているのであるから、既に原告の議員たる任期は満了しているのではあるが、たんに取消し得べき除名処分が未だ取消されていない段階において、これを前提として報酬金等の請求訴訟を提起した場合と異り、かかる訴は適法に提起し得るものと解するを相当とする。

よつて、原告の被告市に対する本訴請求は全部理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 木戸和喜男 川端浩 上杉晴一郎)

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